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(1937年 昭和12年の出来事)
日本がアメリカ軍から最初に空襲を受けたのは開戦から4ヶ月経過した昭和17年4月18日のことだったそうですが
中国戦線の頃から本土が空襲を受けることを考えていたようです。
レーダーなどの機器を軽視していた日本では、夜間に家庭から漏れる電灯の光が空襲の目標になると考え、
厳重な”灯火管制”を指導しました。
電灯の光が廻りに漏れないようにこのような”防空電灯カバーが販売されていました。
10銭の値段が表示されています。
真下のみが明るくなります
売値は10銭でした
上のようなカバーが無くても下だけが明るくなる
”防空電球”
が販売されていました。
防空電球の印字
フィラメントは親子になっていて、いっぱいにねじ込むと明るく、
ねじ込みを少し緩めると暗い点灯になります。
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